♯017 「自分」

  • 2015.04.25 Saturday
  • 20:59


わたしは、どこへ行ってしまったの?

♯017 「自分」

わたしを見失いそうな危うい事態が潜行していることに、あなた、お気づきですか。どうしてこんなことになってしまったのか。早いとこ手を打たないとこの言葉、さらに自分勝手な価値観をつくりあげてしまいかねません。

日常会話で自分自身のことを、「わたし」「僕」「俺」「我が輩」「拙者」などを用いず、すべてに「自分は…」「自分の…」という言い方をする人が増殖しているのです。「自分は、生ビールが飲みたいです」「自分の夢は、幸せな家庭を持つこと」といった具合に。「わたし」と意味は同じだから、「自分」を使ったら駄目だ!とは申しませんが。

「自分は、何々…」という物言いを耳にすると、わたし、むかし観た戦争映画が思い出されてしまうのです。お笑い系の映画だったかな。「自分は、三等兵であります」「それは自分のフンドシであります」といったように、すべてに「わたし」ではなく「自分」と言う戦争映画。現に国語辞典に、「自分:旧軍隊で多くもちいられた」…とあります。

最近の「自分」という言葉に危うさを感じるというのは、わたしのなかで戦争を連想してしまうからなんですかね。憲法9条や自衛隊の海外派兵などが問われる昨今と、右傾化という流れと符合するとは思いたくありませんが。
言葉は、時代とともに変化することはわかっています。重要なことは言葉が変化することで価値観にも影響するということです。

「わたしが、……」と言う方が品が良く、丁寧で賢そうにも伝わるのにね。増殖の流れに惑わされて「自分」を見失っているのでしょうか。安易に「自分」という言葉を使うなんて、薩摩男児の「おいどん」は、気に入らんとでごわす。 孝



 
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言葉の揚げ足取り

近ごろ気になる言葉遣い。 よしときゃいいのに、お節介。

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