♯029 「大丈夫」

  • 2016.09.09 Friday
  • 18:42

 

政治は、大丈夫でしょうか?大丈夫さん。

 



♯029 「大丈夫」

それはそれは残暑厳しい真昼のこと。
鎌倉の鶴岡八幡宮の門前に構えるそば屋に倒れ込むように暖簾をくぐり、席に着くなり茶そばを注文したのです。
愛想のよさそうな仲居さんは、私の様子を案じてか「ご注文は、茶そばで大丈夫ですか」と問いかけてくれ、「はい、お願いします」と応えると、すかさず「お飲みものは、大丈夫ですか」と、汗だくの私を見て声をかけてくれたのでしょうね。

違う。
私に対してだけでなく、仲居さんたちは、お客の一人ひとりに「〜は、大丈夫ですか」「大丈夫ですか」と問いかけているではありませんか。
大丈夫(だいじょうぶ)の用法がどうも違うようなのです。鎌倉では。

意味は、・しっかりしているさま、あぶなげのないさま、と『広辞苑』。
『新明解国語辞典』は、もっと丁寧です。・何かに対処できる条件が十分で、危険や万一の心配がない様子、・よい結果になることを請けあう様子、とあります。

違う。私の状況を心配しての“大丈夫”ではない。
妻に“大丈夫”の用い方に違和感有りと話すと、最近のサービス業では、この「〜は、大丈夫ですか」用法がはびこりつつあるということなのです。
「〜は、よろしかったでしょうか」と同じ意味あい(この用法にも違和感有り)のようです。
これは一大事ではありませんか。軽々と“大丈夫”が“よろしかった”的に使われてしまっては、日本語が大丈夫じゃない。
例えばですよ、「いまの政治で、大丈夫ですか。」と問うた場合、いまの政治でよろしかったでしょうか、と他人事のようにしか受けとられかねない。
さらに、大地震による原発問題などの“いざ鎌倉”の出来事の心配や危機感がしっかりと伝わらないではありませんか。

ちなみに、大丈夫(だいじょうふ)と読むと、立派な男子の意味なのですね。反対語は、小丈夫。
で、いまの政治は、大丈夫による大丈夫なものなのでしょうかね。それはそれは心配です。


 

♯028 「本者」

  • 2016.07.06 Wednesday
  • 21:03

 

広辞苑様、この言葉を掲載してください。

 



♯028 「本者」

 

わかっているようで、その実わかっていない言葉のひとつが「本物」でしょう。

広辞苑には:,砲擦發里任呂覆い發痢△箸修辰韻覆ぐ嫐説明。そんなことわかっているから、もう少し辞典らしい説明が欲しかったのですが。

やむを得ないから、「偽物」から問いつめることに。それも別の辞典、新明解国語辞典で。あれっ、「偽者」が主に扱われているではありませんか。
意味は:見せかけだけで、内容がお粗末な者、ということです。
これは興味深い。最近の政治家にフィットしますね。
先日、辞職させられた都知事が典型的。あまりにもお祖末。
でもね、一歩踏み込んで考えるとその人に投票した人もお粗末の仲間ですね。
「彼に裏切られた」と話す都民がテレビに映し出されていましたが、「あんたね、その立候補者が「偽者」であることを見抜けなかったそこに問題有りでしょう」と申し上げたい次第です。だからです、「偽者」の反対語として「本者」があればわかりやすい。
そうした視点で、お粗末知事の後を継ぎたいと出馬表明した方の本者度を確かめるわけです。
これまで、いろんな政党をアチコチ渡り歩き主義主張が何なのか一貫性が伺えない方は「本者」の政治家なのでしょうか。
選挙の前に、耳障りの良いことだけを並べ立てておいて、いざ当選するなり、自分たちに都合の良いことだけを具体化していく。卑怯なやり方で、例えば憲法を変えてしまうといった。
しかし、こうした手法が当人の本質なら、そっち方面での「本者」といえますがね。
そうなると、どうしても有権者としての「本者」が問われます。
有名だから、メディアによく登場するから、タレントの親だから、あの人が良いと言うから、何となく……そういうことで票を入れる人は、「偽物」のブランド品をチェックするその眼で「本物」、否「本者」を見抜いていただきたいのです。
そうそう、ですから、「本者」を知識として広めるためにも、私、広辞苑への掲載を願う者です。


 

♯027 「厳選」

  • 2016.05.25 Wednesday
  • 18:09

コーヒー豆と立候補者に関する考察。



♯027 「厳選」

この言葉を、わたくし勘違いしておりました。
上質なもの、優れたもの、あるいは高価なものを選び抜くことが厳選だ、と。
勘違いに気づかされたのは、コンビニで提供されるコーヒーのCMです。
その訴求コピーは、……厳選した豆だけを使った入れたての、云々……という文言で、さぞかし香り高くコクのある深い味わいだろうなと想像してしまったのです。
でも待てよ。そんな厳選イメージの豆を使って、あの安さは無理、無理。
つまり、厳選という言葉への勘違いに原因がある。

厳選の意味は:規準に合うものだけを選び情実をいれないこと(新明解国語辞典):厳重な基準によって選ぶこと。いい加減なことを許さないこと(岩波国語辞典)とあります、

そうか。キーポイントは、規準=基準ですね。コンビニでの提供価格に見合った規準の豆を選んでいるわけで、確かに、厳選したとは訴求しているが、上質な豆を使っているとはひと言もいっていない。故に、安いけどおいしいとは限らない。

見えてきましたよ。厳しく選ぶことの本質が。

わたくしたちは、選挙でいつも厳選を求められます。
投票に際して情実を加えたり、いい加減であったりしてはいけない。
肝心なことは、自らの規準をしっかりともつことができるかということでしょう。
有名だから、頼まれたから、雰囲気でなどというなは、規準として許されるものではない。
なのに、実態はどうでしょう。
昨今の都知事の政治と金の問題では、果たして都民は確かな規準をもって投票したのでしょうか。だってそうでしょう。圧倒的な得票数をもって当選したのに、この体たらく。対して、辞めるべきだという人の割合が90パーセント以上もあるというのです。選んだ規準は何だったのでしょう。

このことは、今後のすべての選挙において考えるべきことですね。
コンビニの厳選された豆を使ったコーヒーなら「まあ、こんなもんか」で済まされますが、選挙では許されませんから。
何をするにも厳選は、重要です。さらには、情実に左右されない規準をもつことも世のため、かも。


 

♯026 「思考停止」

  • 2016.03.30 Wednesday
  • 15:35

停止するには、予め思考あり、ですから。

♯026 「思考停止」




どうにかして、そう姑息な手段を用いてでも憲法を改正したいという人がいますね。
その人は、改正に反対する人の質疑に対して、「あなたは思考停止しているからわからないのだ」と、相手を非難するかのような物言いをされます。
納得に値する改正の必要性や理由を示さない、示せないままに「改正反対は思考停止だ」と決めつけ、責めもする。
思考停止の意味を正しく理解せず、良くないことのように思っていらっしゃるようです。残念。

ここで特に指摘したいのは、停止という言葉についてです。
“停止”とは、そうするまでに動き、作用があるから停止が成立するんですよ。
つまり、憲法について改正が必要か、否か、すべきか、すべきでないか、という思考を働かせているわけです。この働きをどの時点で停止(いったん動きを止めること:広辞苑)させるかが要点なんですね。
「うん、やはり改正すべきではない。ここの条項についてはどうだろう。国民の意見は?」などなど、熟慮の結果、どこかで停止させて民意を問う。

ところが、「あなたは思考停止だ」と、非難するかのように発言する人の改正理由は、説得力に欠き、憲法について、そもそも思考していないように受け取れますね。思考無し。
思考停止も何も、思考そのものが無いから、うなずける答弁ができない。停止もない。

思考という言葉について、新明解国語辞典は:冷静に論理をたどって考えること、とあります。なるほど。冷静に、ですね。
ところが、「思考停止だ」と、相手を責めて得意気な方は、この冷静さ、加えて論理の微塵も感じられません。時として、いらつき感が見て取れる。

そういう人が発する言葉って信頼に足るものでしょうか。でも、政治家の発言とは、この程度なのかもしれないし……改めて、政治家の言葉について思考してみようかな。



 

♯025 「誤解」

  • 2016.03.01 Tuesday
  • 18:01

不用意なオナラは、誤解のもと。

♯025 「誤解」




はっきりとした言葉で言っておいて、問題発言ではないかと指摘される大臣は、一人や二人ではありませんね。議員もそうですが。
指摘されるやいなや「言葉足らずで…」とか「誤解を与えたとしたら…」などと平然と弁解。

言葉は、思ったり考えたりしているからこそ口に出るものであって、逆にそうでなければ言葉にできるはずがありません、
言葉は、その人の思考回路を経てうまれ発言に至るものと、わたしは確信しています。
とまれ、「誤解を与えたとしたら…」という言い訳は、発言に責任を有する立場の人が発する言葉ではないはずです。

誤解とは、意味をとり違えること、間違った理解をするという意味でしょ。
となれば、聞いたあなた(つまりは、わたしたち)の理解する能力が劣っているということになる。なるほどね、誤解したわたしたちがいけないわけです。

不用意な発言をしておいて(真意、もしくは意図的かもしれないけど)、挙げ句に、「…だったら撤回します」と言いだす始末。これも深刻な事態ですよ。

「誤解されたら、撤回します」で、軽く簡単に片付くものなのでしょうか。
出したものを引っ込めたら言わなかったこと、聞かなかったことになるのなら、こんなにも無責任な展開はない。
だって、オナラがそうでしょ。引っ込みがつきますか?
匂いは、周りを不快にしているのですよ。そこで、「わたしのオナラが嫌な思いをさせてしまったのなら、撤回します」というやり口が平気でまかり通ることになる。まあ、人間性が問われますが。
大臣たちの誤解と撤回発言も、オナラの例えが臭いほど当てはまるわけです。

あっ、でもね、この例え方だと誤解を与えてしまいそう。
もしもそうだとしたら……いつでも撤回いたしますので。わたくし。



 

♯024 「貰う」

  • 2016.02.03 Wednesday
  • 10:52

「年金を貰う」と言う人、誰から貰うの?

♯024 「貰う」




あらためて、「貰う」の意味を問えば、:人に請うて自分の物にする/広辞苑、とあります。請うは、願うという意味ですね。
別の辞典には、:人が呉れるという物を(頼んで)自分の物にする/新明解国語辞典。同じ辞典で「呉れる」は、:(けいべつしている相手に物を)与える、との説明。

ちょっと待てよ。
呉れるとは、物を普通に与えるという程度の意味だけでなく、人と人の間に差別のニュアンスが含まれていますね。
「年金を貰う」という言い方に当てはめると、誰かに対して請い、「お願いですから年金を与えてくださいませ」と頼むということになりそう。

さらに、「貰う」の反対語は、やる、与えるという言葉が顔を出す。
「年金を貰う」という人の反対側には、「年金が欲しいと願うのであれば、与えてやろうではないか」という側が存在することになります。それは、誰?お国?

言うまでもありませんが、年金は、わたしたち一人ひとりがせっせと働き、その引き当てとして納付・積立てた物であってお国のものなんかじゃない。とうぜん与えて貰うという性格のものでも、誰かが呉れるものでもないわけでして。

昨今、わたしたちが積立てた年金を年金積立金管理運用独立行政法人が自分のお金かのように巨額を運用し、10兆円の運用損を出したと報じられたりしていまます。
先々「貰う」うえで不安はないのでしょうか。与えてくれる側の責任はどうなるのでしょうね。

「いいじゃない。貰うと言ったって」という人が案外と多いのです。
人が使う言葉には、その人の意識や価値観が表われるものです。だからこそ「貰う」ではなく、「受給する」という言い方をおススメしたいのですが。


 

♯023 「死語」

  • 2015.11.19 Thursday
  • 12:30

流れ行く先は、死でしょうか。

♯023 「死語」




ことしの流行語大賞を決めようじゃないかと、メディア方面がかまびすしくなってきましたね。
ノミネートされた数々を見ると、知らない言葉がほとんど。
下流老人、存立危機事態、白紙撤回くらいは、もちのろん、知っていますよ。でも、これって流行語ですか?

流行語の意味を問えば、(ある期間、興味をもたれて多くの人に盛んに使用された語。/広辞苑)とあります。待てよ、興味は(おもしろいと感じる。/広辞苑)だから、上の3つの言葉は、おもしろがられているのでしょうか。流行語のグループに入れるなんて、ハレンチではありませんか。
しかも、ある期間を過ぎたら、どこかへ流れ行き死んでしまうというのでしょう。それでは困ります。

流行語の死因を考えてみました。
1- 時代の価値観にそぐわなくなってしまい、ダサイ!のひと言で葬られてしまう。
2- 生み出した世代や使った人たちから飽きられた挙句、それを使うと場がしらける!と追いやられて孤独死に。
3- むりやり流行語扱いされたはいいが、ナウい!と思われてハッスルしたけど実態が伴わず残念死

3つに分析して思うのですが、特に存立危機事態については流行語のグループに入れないでいただきたい。
憲法違反と指摘される安全保障関連法案の集団的自衛権を行使する際の前提条件の説明で用いられた存立危機事態。
この言葉は、ある期間においてとか、興味本位で使うのは無責任時代の再来としかいいようがありません。
いまこそ流れ行ってほしいのは国会軽視、国民軽視という言葉。デモ、否、でもって、存立危機事態が流行語に選ばれるものなら、それは早々に死語への流れ。いますぐにでもノミネートから白紙撤回しませんと平和意識の危機事態を招きかねません。


 

♯022 「1億総活躍」

  • 2015.10.27 Tuesday
  • 11:45

“総活躍+○○…”の○○に正解の言葉を入れてください。

♯022 「1億総活躍」



ねっ、季節も過ぎたというのにボウフラのように、またまた上滑りな言葉がわいてきましたね。この前は、「地方創生」でした。わけわからん!と言い捨ててしまいたいのですが、それでは揚げ足取りになりませんから、ちょいと突っついてみることに。

1億総活躍は、1億と活躍を総で結びつけただけのことで、1億総と総活躍に解剖できます。で、1億総は、日本の総人口は約1億2千万人だから、2千万人以外の総てということです。これはすぐにわかることで、わたしは2千万の側にいることにして。
さておき、総活躍のほうです。活躍という単語は、ただの名詞(めざましい活動をすること。大いに手腕をふるうこと。/広辞苑)で、どれだけでかい声でカ〜ツ〜ヤ〜クー!と叫んだところで「それが、どうした」としか応えようがありません。これが1億総活躍の本質そのものであり「それが、何なの?活躍しろと、指示するの?」となるわけです。

名詞には、何らかの動詞や助詞などを付け加えることで、はじめてメッセージ力のあるフレーズとして機能します。“活躍”+“する・しない・できる・できない・して欲しい・しないで欲しい”といった具合にです。
多くの人は素直に“総活躍+できる”と、相手に都合が良いように解釈して「この政策でわたしも活躍できる世の中になるんだ」と明日への期待を抱くのでしょうか。
1億総活躍という言葉は、だらだらと漢字をつなげただけで、期待するような社会にします、などと何も約束もしていません。同じ漢字5文字の本日大安売と謳うスーパーの売り文句のほうが、はるかにわくわく期待できそうです。

近ごろ、政治に軽はずみな言葉があふれていると思いませんか。1億総活躍の前には、女性の活躍がありました。あの言葉は何処へやら。もう女性は、“活躍+しなくてもよい”ということ?
三本の矢があったかと思えば、新三本の矢ですって。前の矢はすぐに古くなってしまい使い物にならないのか。材質が悪かったのか、や〜ね。下手な矢でも数打ちゃ当たる程度の中身なのでしょうか。。地方創生もいつまでのことやら。

そうそう、1億総活躍という言葉に期待して、“活躍+できる”とした思考に対して、わたしは、○○○…に“すれば〜”という言葉を入れて精一杯の応援をいたします、ねっ。


 

♯021 「抑止力」

  • 2015.08.31 Monday
  • 18:50

武器で押さえ続けることができると思う人、だ〜れ?

♯021 「抑止力」



1981年、ニューヨークでは統計史上もっとも犯罪が多かった年だそうです。この状況を舞台にアメリカン・ドリームを叶えようとする青年実業家の生き様を描いた映画を観ました。*1

彼は、クリーンなビジネスを信条とし、暴力を拒否。銃を持つことを許しません。彼の成功をねたむヤカラから度重なる襲撃を受けても武装しない。まわりは、銃による自衛をすすめるのですが、「わたしが武装すれば、相手はさらに構える」、銃は相手を抑止する力にならないと言い切るのです。

抑止という言葉を辞書で確かめると、それをさせないように押さえ付けること、とあります。ついでに抑圧は、欲望、行動などを押さえ付けること。抑制は、暴れださないように押さえ止めること。

押さえ付けるためには、相手の力以上の力が求められます。力があることを示さなければなりません。もちろん、さらなる力を保持し続けなければ効果がありません。
だってそうでしょう。わたしは子どものころ、喧嘩が弱かったので空手の技を身につけて喧嘩が強い子になりたかった。わたしとは別の手法を選んだ人もいます。武器としていつも自転車のチェーンをちらつかせ、しかもそうしたグループの傘のもとで強いふりをする手法です。
で、こうすることが抑止力をもつこのになると思ったわけですね。仮想の相手を押さえ付けることができると。

まさに、「わたしが武装すれば、相手はさらに構える」のごとく、構える相手以上の武装を整えるために、国に置き換えるならば、軍事費を費やし続けなければなりません。現に、日本における軍事費は大幅に増える方向にあります。
消費税を上げ、社会保障費を減らしてでも膨大な軍事予算を確保しなければ、否、増やし続け、誇示しなければならない道筋が明確なのです。

人には、知恵がありますよね。相手を押さえ付けることをしなくても良い、そのための知恵です。で、知恵のない人に限って、武装こそが抑止力と信じるのです。アメリカでは今もって銃による犯罪から解放されていません。残念ですね。
 孝

*1. 『アメリカン ドリーマー:理想の代償』
   ブログ1「映画、観たまんま」 http://eiga2015.kamiuse.com/


 

♯020 「マイナンバー」

  • 2015.06.30 Tuesday
  • 18:43
♯020 「マイナンバー」


ユウとマイを曖昧に使ったら、ミーは怒りますよ。

♯020 「マイナンバー」

ある日突然耳にすることになった言葉ですね。「それって、何?」と、問いをはさむ間もないままに、2015年10月から、わたしたちの元に12桁の番号が届けられるというのです。一方的に、です。

かつて、国民総背番号制という試みがありました。国民一人ひとりに番号を付けてアレコレ厳しく管理しようというわけで、このネーミングとなったのでしょう。
狙いは同じなのに、マイナンバーとしたことで、めでたく管理する側の願いが実現することになりました。

これって姑息なやり方だと思いませんか。総背番号という言葉は、素直でいい。単細胞の頭にもわかりやすく「番号で、こと細かく管理されるなんて嫌だね」と、総好かんを食った。
こういう過去を国民は忘れただろうというタイミングで、マイナンバーの登場です。カタカナにすればソフトな印象だし。「あっ、この12桁は、わたしの番号なんだ」と思い込ますようなこすっからい策略。

正確には、厳しく管理したい側が番号を付けるわけだから、ユア(your)ナンバーとなる。それを、マイとすり替えてしまった。
マイは、自らの意志、思い、欲するものなどを表わす言葉だから、マイホーム、マイカー(古いねぇ〜)、マイダーリン(死語だよね)といった用法が例えとなりますよね。
わたしたちは、自身に番号を付けていただき、その番号で管理してくださいと願い欲したのでしょうか。だったらマイナンバーということにもなるでしょう。

マイナンバーは、実態を曖昧にするイメージ戦略という手口です。漢字で総背番号では露骨過ぎたから、つくり笑顔を装い、「これ、あなたのマイナンバーですよ」と矛盾承知の強引訴求。秋から強引お届け。
こうした策略は、これからも用いられるかもしれません。ミーはもちろん、ユウも怒るべきときは、怒りましょうね。




 

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